映画の感想:
ネット上の世界は誰でものぞくことが出来る身近な世界だと思います。中学1年生の時に友人に誘われチャットの世界を知り、全く知らない人たちとチャットしていたのを覚えています。今思うと普通の会話を求める人もいましたが、歳を聞いてきてメッセージ(アドレスがわからなくても送れるメールのようなもの)を送ってくるような変な人もたくさん見てきました。本当に映画の世界そのもので現実だと思います。
私はツールとしてツイッターに登録しています。知り合いの人も知らない人もフォローしフォローされ会話をしたり、情報を交換しあうのに使っています。
そこでは現実とネットでの話し方や性格がかわることも感じています。 高校時代の全く話さない友人がツイッターで大学の友人や先生の悪口をつぶやいているのをみて、現実の友人に信頼を失いました。
やはり、ネットの文字の投稿の気軽さはとても危険だと思います。本人は軽い気持ちでも「その言葉」に好意を抱いたり、嫌ったり、時には反感をかうのです。
チャット、フェイスブック、ミクシィ、ツィッターなど、現在様々なSNSが幅広い世代でコミュニケーションを楽しむ方法がありますが、そのアカウントは本当に本人なのでしょうか?ネットと自分の一対一の時、どう信じるかは自分です。
このような判断は 自分で正しい知識を持ち正確に利用するというのがインターネットの中での生き方だと私は思います。自分で流失した言葉は自分で収集をつけるべき。SNS、ネット上でのやりとりに真実はないと思います。
(✪ω✪ )確認しました。
返信削除「SNS、ネット上でのやりとりに真実はない」けれども利用はするんですよね。この感じって凄く難しくてアメリカが銃を持って自分の身を守っている事に近くて、ネットがあるために人を信頼出来なくなってしまうっていうのは悲しいですね。
かくいう自分も、mixiで足跡をつけた友人のところを見に行ったらブロックされていてどういうこと?と嫌いになった事はありましたけれど。
その後友人に直接聞いてみるも自分はブロックなどかけていないと言うのでじゃぁmixiのアカウントは誰なんだ話になったりして、もうわけがわからない。
ところが最近、その嫌いになった友人とばったりライブで会ったんです。それでもう随分前の話だったし、お互い忘れたようなふりをして普通に話しました。
ソーシャル上で起こるすれ違いで縁が切れるものってそれ以前もそこまで関わりのないものだったんだと思います。「知り合い」レベルが「親友」レベルで話をしようとする事に齟齬が生まれたりする。
それをわかって接する必要はありそうですね、物質量はなくてもソーシャルと名前がついてしまっていますし。。。